1月29日

 

もうすぐ1月も終わります。

今、実家の島根に戻ってきています。

日本海側の冬は晴れの日が少なく、雲がずっとかかっています。

 

父が病気のため、入院しています。

しゃべることも、食べることもできません。

目は開き、何かを見ているようですが目が合うことはありません。

時折り、動かすことのできる左手で顔を触り、

いやな時はその手で払いのけようとします。

そんな姿をみていると、きっと、生まれたての頃は、

こんな風に手を動かすことを覚えて、

快、不快の感覚を感じていたのかな、、と、思います。

 

聴覚は最後まである、そんな話を聞いたことがあって、

声をかけて、日々のことを語り掛けます。

きっと、その声は聞こえていると思っています。

そして、共通のところから、、その声は起きてくるのだと思います。

命の源、それはみんな同じです。

そこから声が出たり、動いたり、瞬きしたり、、呼吸したり、

そのどれも、生かされていること、、

生きることを生きてくださいと、、そうしたいと思います。

 

日本中、世界中に、、同じように悩んだり、病気に苦しんだりする人たちがいること、

人だけでなく、動物や、植物、、多くの自然も同じ、

つくられたのものと呼ばれる建物や、物も壊れたり、傷ついたりします。

そんな全てのものたちが、みんな、幸せであることを祈ります。

 

その幸せは、何かになることではなくて、、

今、そのままに、、ただ、共通の命として、意識としてここにあること、

とても自然で、当たり前のこと、、

そこに手を合わせたいと思います。

手を合わせる先に神様があって、その手は、この私にも向かいます。

今日も1日、いただいた命を大切にすごしたいと思います。

 

外は曇っているけれど、その上には太陽が輝いていること、

そのことを知っています。

寒いけれど、ワンちゃんのお散歩に行ってきます~♪

 

1月2日

 

新しい年となりました。

今日はスーパームーン、、お月様と地球が近くなる日です。

外に出て、月を見上げてみました。

 

薄い雲があるのか、、お月様がふんわりと浮かんでいました。

周囲との境目がないように、、その明かりが優しく広がってみえます。

 

こんな風に、夜空を見上げて、、

地球のどこかでも、お月様をみている者たちがいること、

そして、みていても、みていなくとも、お月様の光は変わらずそこに在ります。

照らされている、全てのモノ、、この地球も、同じです。

 

きっと、お月様に気づいても、感じ方はそれぞれにあって、

100人いたら、100通りの感じ方があり、全く同じ感じ方はなくて、

お月様は一つだけれど、100個のお月様のストーリーがあるようです。

どれが正解何てなくて、それぞれが、それぞれのお月様の輝きを現すこと、

それは、お月様の無限の輝きにも感じます。

 

それぞれが、それぞれのままに、そのままに、、ただ、そのままに、

そして、その全てに共通するところ、

観ている私、、

みることは、愛しむこと、、そう教わりました。

手と手をあわせるように、、ただ、観てみたいと思います。

お月様、ありがとうございます。

 

12月22日

 

今日は冬至です。

一年で一番、太陽の出ている時間の短い日、、

太陽のお誕生日とも言われています。

 

太陽さん、お誕生日おめでとうございます!

あなたのおかげさまで、暖かさを知ることができます。

明るさを知ることができます。

多くの生き物が、あなたの光を浴びて成長します。

この命をいつも照らして下さってありがとうございます。

 

日本は、その国旗のように太陽を大切にする国でもあります。

地球の中で、太陽のような役割を果たしているのかもしれません、、

どんなものにも、その光をあまねく照らす、、

その光は、おかげさまの光でもあり、

光と影は、同じ、光の下に在るのだと思います。

 

太陽の光、それを光としてくれる闇の光、、二つは一つであること、

そんなことを思います。

闇が深いほどに、それは光輝き、

そして、その光がまた、あまねく照らす、、

全てに共通する、その光、その代表としての太陽さんに

たくさんの感謝と、祝福をお祈りしたいと思います。

太陽サンが太陽さんであってくれてありがとうございます。

どうか、お幸せに、ご自由にありますように、、

 

11月21日

 

朝、良く晴れた青空なのに、雪が舞っていました。

そのひとひらが、髪につくと六芒星の形の結晶がみえて、、

すう~と、溶けて滴となり、、

朝日に照らされて、とてもきれいに光りました。

雪が髪の一部となり、溶けあったようで何だか嬉しい朝でした。

 

朝の神様、雪の神様、髪の神様、、空の神様、、、心の神様、、

それを観ている私という神様、、

この世界はたくさんの神様で出来ている、、

もっと言うと、全て神様ということ、

今日もたくさんの神様に出会いました。

神様ありがとうございます。

 

10月25日

 

朝夕、とても冷えるようになってきました。

暖房をいれて、暖かく、、こうやってすごせることは

とてもありがたいことです。

 

今日、仕事で担当していた方が亡くなったことを知りました(機能訓練の仕事もしています。)

その方とは、何故かとても気が合うというのか、、

お会いすると「顔をみると安心するのよね」とよく言ってくださって、通所してくる曜日も出勤日に合わせて変えて下さったり、、私もお会いするのを楽しみにしていました。

 

その方には、仲の良い友人と集まって、美味しいものを食べ、お話しすること、という目標がありました。

そのために、体調を整え、筋力をつけて、持久力をつけて、少しずつ、少しずつ、車いすから立ち上がり、立って歩く練習をしていました。

 

酸素ボンベを常につけての生活で、不自由なこともたくさんあって、それでもやりたいことは決して諦めない、、

時には、もう、無理かも、、何て弱音も聞かれましたが、いつも、きっぱりとされていて、

そんな、全てをそのまま見せて下さる姿も素晴らしいと思っていました。

 

願いを叶えてあげたかった、、

選挙に行きたいと言われていたこと、もっと、歩けるようになりたいと言われたこと、

お友達との外食も、、みんな叶えてあげたかった、、

 

ちょうど、入院される少し前に、キャラクターの袋をかわいいですね、と言ったら、

それを覚えていてくださって、二枚あるから一枚あげると下さいました。

とても嬉しくて、お礼にと思い、近所で見つけた四つ葉のクローバーをしおりにしてお渡ししようと思っていました。

でも、少しタイミングを逃して渡すことが出来ないままになってしまいました。

ちょっとのタイミング、一期一会、、本当にしたいことをすること、

後悔の無いようにと、、あらためて思いました。

 

意識=一つの命=真実の私、、と、いつも、そのことを中心にと思います。

その方の真実は、この私と同じ意識に生かされていること、、

体をもってお会いすることはもう出来ないのですが、

その方の事を思う事で、その思いの源に向かい、、いつもここに在る、ともに在る、

その上で、人として、心として、悲しく、涙を流します。

もっと、お話ししたかった、、とても尊敬していました。

あなたと出会えてとても幸せでした。

どうか、体から自由となり、楽になって、、この世界の空間となり、

好きな場所に行き、これからも、真実として自由でありますように、、

幸せでありますように、、

 

10月1日

 

今日から10月です。

10月の神様、よろしくお願いいたします。

 

書類を整理していたら、昔に書いたノートが出てきました。

それを読んでいると、表現は少し違っていても、

同じ思いを繰り返し書いていることがわかります。

 

そこには、同じ考え方があって、、

そのパターンを繰り返しているようです。

本でいえば、同じページを読み、

テレビでいえば、同じチャンネルに合わせているようです。

それは、雪道の轍(わだち)のようでもあり、、

すぐに、そこに入りやすくなっているようです。

 

人生も同じように、くり返し、くり返し、、

少し違いはあっても、似たような場面をみていることがあります。

ここで、こうしてしまうと、、また、同じことを繰り返すな、、

そう思っても、また、同じ選択をしてしまう、、

人間にはそんな面があります。

 

そこで、その時、、違う選択をしたら違うページを読めるのでしょうか?

もしかしたら、、そうなのかもしれません、、

何か新しい、私に出会うのかもしれません、、

それは素晴らしい、人生の面白さだな、、と、、思います。

 

また、同じ道を選んだとしても、それがダメだとも思いません。

同じページを読み進む中に、、

そのページの中により深い意味合いを感じるかもしれません、、

 

どちらを選択したとしても、私が私であることは変わらずにあります。

何かを選んで、、人生が大きく変わったとしても、、変わらなかったとしても、

いつも、、この私が変わらずにこの人生を観ています。

そう思うと、そんな場面を観ている私の方へと向かうようで、

何かが、止まるような、、静かな感じがしてきます。

 

何か特別なことをしなくてもいい、、

このままに悩み、笑って、、これを観ていく、、

一口、一口、その味わいを感じるように、、この人生を味わいたいと思います。

ちなみに、今日はサンマを焼きました。

美味しく頂きました。サンマの神様、ありがとうございました。

 

9月23日

 

秋分の日、外では虫の音が聞こえています。

窓を開けるとひんやりとした空気とともに、

金木犀の香りが漂ってきます、、

 

音が聞こえ、肌でその空気を感じ、香りを感じて、

人間の五感を感じる時、心も起きてきます。

 

虫の音に、少し寂しさのようなものを感じたり、

ひんやりとする空気に、秋の気配を感じ、

金木犀の香りに、優しさを感じます、、

 

それは、それぞれ、一人一人に違った感じ方を見せてくれます、

同じ風景を見ても、本当に様々です、

また、逆に、虫や金木犀からみると違った風景なのだろうとも思います。

そんな風に、一つのことを違った風に感じられることは、

この世界が、このままでたくさんの角度から肯定されているようにも思います。

 

こころの風景も同じように、一つの事柄を、

心地よいと感じたり、嫌だと感じたり、それぞれに違っています。

それぞれの風景を、そのままにみることは、、

そのまなざしの中にあって、

今、ここに在るということ、そのことが、とても愛おしいような、

そんな感じがしてきます。

 

それは、今まで、聞こえてきた音、全ての中、虫の音に寂しさを感じるように、

過去に感じた、空気の暑さや、寒さの感覚のなか、

今のひんやりとした空気にに秋の深まりを感じるように、

金木犀の香りに優しさを感じるように、

五感という感覚や、そこから感じるこころ動きが、

この今に、すべて包まれているようです。

 

そう思うと、今まで感じてきた、どの瞬間も無駄なことが一つもなくて、

そう感じられない時も、いつも、この瞬間にあることには変わりなく、、

この今を、大切に、、と、そう感じます。

 

今日は、金木犀の香りとともに眠りにつきたいと思います。

どうか、この香りとともに、全てが優しい眠りにつきますように、、

 

9月19日

 

一日が終わろうとしています。

一日の長さも、感じ方はそれぞれです。

小学生のころ、一日がとても長く感じていたのを思い出します。

 

人間の一生と、アリの一生、、地球の一生、、

人間のモノサシ=時間でみると、アリの一生=時間はとても短いものに思えます。

では、アリからみると人間の時間は長く感じるのでしょうか?

地球の一生からみると人間の時間はとても短く感じるのでしょうか?

そんな風にみてみると、、時間も人間の考え方の一部なのだと感じてきます。

 

その中で、、共通するところを観ると、、

この今に在るということ、、そこは同じところだということ、

これは真実です。

この瞬間、瞬間だけは共通のところ、、

同じように、この空間の中に生かされている、そのことも共通のところです。

ただあるという真実だけがあります。

それは、今、ここです。

 

今=在る、、そのことはとてもあたり前のことですが、

どんな人生も、アリの一生も、地球の一生も、、同じ生命の力が働き、

その一生を包むこの空間があることを思うとき、

この空間が、神様=母体の羊水のようで、、その中に抱かれている、、

そんな風に思うとき、

その優しさや、愛しみにジーンとするような、そんな思いと、、

その神様=母体の幸せを願います。

 

そして、その神様から生まれたのが、人間や、アリや、地球であるとしたら、

この私たちは、神様からできていること、、

苦しい思いも、、嬉しさも、みんな同じところから生まれてきます。

そんな思いを感じることができる、、そこには、気づき=意識があります。

そう思うと、いつも私たちは意識=神様という、母や父と共に在って、

いつも愛されていること、そして、ここから愛しているということ、、

そのことに、また、、満たされていくようです。

 

この今、、そこに意識を向けてみます。

気づくこと、思いの方ではなく、それに気づいている私、

そして、その気づき、思いをそのまま観ることが、愛しむこと、、

気づき=意識が神様であり、安心であり、愛しみであること、、

そこに手を合わせたいと思います。

 

そっと、うまれたての赤ちゃんの頬をさわるように、、

手を合わせたいと思います。

 

7月31日

 

今日、帰りのバス亭を一つ乗り過ごしてしまいました。

直前まで、起きていたのに、、寝過ごしました~(苦笑)

 

雨の予報でしたが、天気も良く、、風も気持ちよかったので、、

初めて降りた、その停留所から歩きました。

その途中、大崎八幡宮への入り口がありました、

マヤ暦の新年を迎えたので、ご挨拶に行くことにしました。

 

誰もいないかと思いましたが、、そうでもなく、、

チラホラと、お参りの方がいました。

入り口に、七夕のお願いの札が飾られた竹が二本、アーチのようになっていました。

 

神社やパワースポットと呼ばれる場所には、

いつも、こんな風にたくさんの願い事が託されていること、、

たくさんの願いからこの世界も出来ているような、、そんな感じがします。

 

境内から本殿に向かい手を合わせました。

そして、何かお願いごとをするのではなく、、

ただ、手を合わせて、、頭を下げてきました。

毎朝、ストレッチをするとき、身体がどんな風に伸びているかに気づく時、、

その時と同じ感じです。

 

それから、境内を出て、、見上げると、

ねむの木の葉が伸びをして、手を広げているようにみえました、

周囲の木々がこちらを見ているように感じていました。

また、その輪郭がハッキリとして、、立ち姿が何とも言えない荘厳な雰囲気に、、

思わず、、「美しい」と、声に出していました。

その雰囲気は、、いつかワークで歩いた伊勢神宮の内宮の森、、

それと同じものがあるようでした。

 

もう一度、空を見上げると、今度はトンビが大きく旋回していました。

その飛ぶ姿が、、また、すごく、スッキリとしていて、、

気持ちいいな~と、、飛んでいる気分になりました、、(笑)

 

いつも、本殿に向かい手を合わせますが、、

本殿から、逆に、、いつもの世界に手を合わせ、

この世界の全てと共にありますように、、と、願いました。

(その願いは、いつも叶っているのですが、、)

 

何かをみて、感じて、、そのことに気づく、、

日々は、その繰り返しです。

今日のように、ちょっとしたことからの、道草のような出来事が、

宝物のようにも思います。

 

「人生とは、何かを計画している時に起きてしまう、別の出来事」

そんな風に言われた方がいました。

本当に、、何が起きるかわからない、、

そのことを、いつもみている私があること、、大切にしたいと思います。

 

 7月29日

 

7月も、もうすぐ終わります。マヤ暦では新年を迎えました。

終わりと始まりが同時にあるようです。

 

今日は仙台でグループワークでした。

マヤ暦の新年を迎えたこともあり、今年のテーマについてみんなでお話ししました。

黄色い水晶の種の年、、

キーワードは「協力、捧げる、普遍化する、開花、目指す、気づき」

それぞれに、気になるキーワードを選んでもらい、

それについて意識してもらうことにしました。

 

日本では、元旦に新年の決意や、目標を立てますが、

それ以外の時に、目的を意識したり、やりたいことを明確にしたり、、

そんな風にすることで、日々のすごし方に新しい風が吹き込んでいくようです。

 

お話ししている中で、本当に好きなことをしていきたいね~と、

そして、嫌いがわかると、好きもハッキリするね、、と、

そんな会話になりました。

 

 何が好きか?

 本当にしたいことは?

 

そんな風に問いかけてみること、、大切にしていきたいと思います。

そこから、感じられること、

私との会話を大切にしていきたいと思います。