11月21日

 

 今日は、、何も特別なことのない普通の日でした。

 

朝、目が覚めて、、布団の暖かさを感じて、、

身体を起こして、、トイレに行って、、と、、

いつものように、、すごして一日が終えようとしています。

 

そんな風に、、一日を過ごせたこと、、その普通がとてもありがたく思います。

歩くことを意識しなくても、、右足、左足が動き、身体を運んでくれること、

呼吸をしようと思わなくても息をしていること、心臓が動くこと、

その普通が、、本当はすごいことなのだと、、そう思います。

 

何かが出来ても、出来なくても、、今、ここに在る、、

それは、、みんな同じ、、

その在ることに、、普通のことに、、感謝します。

そう思うと、、いっぱいの普通に、感謝に包まれるようで、、幸せです。

普通の神様、、ありがとうございます。

 

11月6日

 

 11月に入りました。

旧暦では、神無月(神の月)にもうすぐ入ります。

 

今朝のこと、、空を見上げると、、

「あをによし、、」そんな言葉が浮かんできました。

何という意味かもわからず、、

少し調べてみると、、奈良の都にかかる短歌の枕詞であること、

また、神様を仰ぐという意味の祝詞であることがわかりました。

人は、、その意味を知りたくなります、、

その意味も大切にと思いますが、、、

そこから感じられる言葉の響き、、それも大切にしたいと思いました。

 

もう一つ、、帰り道、、暗くなりかけた道に、、

何故か、、ピンクのカーネーションの花が一本落ちていました。

そのピンク色がとても鮮やかで、、

これもまた、、どんな花言葉なのだろうと調べてみました、、(笑)

感謝、美しいしぐさ、、女性の愛、、暖かい心、、

そんな風に書かれていました。

カーネーションもその意味も、、名付けたもの、、

その花の精霊のはたらき、、その命の源に、、この私と同じところに、、

手を合わせたいと思いました。

この出会いに感謝したいと、、まるで、、そのお花が道しるべのようで、、

 

今、、一輪のカーネーションがテーブルの上でたたずまれている姿、、

優しく、、美しいと、、そう思います。

カーネーションの神様、、ありがとうございます。

ありがとうございます。

 

10月12日

 

 今、ちょっとしたお買い物に行ってきました。

その途中に、、朝顔の花が咲いていました。

すっかり、、秋らしくなった空のもとで、、思い切り咲いています。

朝顔の蔓が伸びるようにと、、伸びる方へと、、

その例えのように、、そんなふうに蔓を伸ばしていました。

この心も体も、、そんなふうに、、と思います。

 

朝顔はそのままにあること、、それが美しくて、、

バラの花はバラの美しさ、、野に咲く花にはその美しさがあって、

何かにならなくても、、そのままにと思います。

 

そして、、それらを生かしているものは同じ力、、私と同じです。

私は私のままで、、と思います。

思い切り咲くようにと、、思います。

 

10月10日

 

 昨夜は新月でした。

今朝、起きると雨音が聞こえてきました。

みんな、、空で起きていることなのですが、、

今、ここから見えるのは、、

この今の私のところから、そこからみえるただ一つの風景です。

 

どこかは晴れているかもしれない、

どこかは曇っているかもしれない、

どこかは、、と、そう思うと、、今ここにある風景が此処だけに在ること、

 

この今、唯一の風景と、、ともにあること、、それが手を合わせるように、、

ただ一つ、、この空のように、、つながっていくようです。

空の神様、今日も一日をありがとうございました。